皆既月食


 1974年の11月29日から30日の明け方にかけて、約3年ぶりに日本全土で皆既月食が見られた。11月の下旬といえば、気象条件も良く、またいろいろな点で日本はこの月食が見られる絶好の位置にあったので、大いに期待された。
 月食は太陽、地球、月が一直線にならび、月が地球の影の中に入って隠れてしまう現象である。反対に地球と太陽の間に月が入り、地球から見て太陽が隠される現象は日食という。だから日食は新月のときにおこり、月食は満月のときにおこるのである。
 11月29日は朝からすばらしい快晴の「月食日和」であった。ところが正午を過ぎた頃から急にうす雲が広がり、夕方になると、空は一面うす雲に覆われてしまった。この頃、星仲間のGさんから電話が入った。「遠山さん、今日はやんのゲー」「ソーダナー、俺はどっちにしろ泊まっから、来てみダラヨカッペー」。氏は私以上の星好きで、自作の15センチ反射望遠鏡で、ほうき星探しに熱中し、一昨年6 月30日には、アフリカでおこった皆既日食に遠征し太陽コロナのすばらしい写真をものにされた。また最近では、いまだかつて誰も作ったことのない大変ユニークな望遠鏡を試作し、着々と完成しつつあるという。
 夕食をすませ、月食の始まるまでのわずかな時間の間に、我々は望遠鏡を調整し、撮影時刻や露出などを打ち合わせてホーッと一息つくと、いつの間にか空はきれいに晴れ上がり、隣のビルのすぐ上には、満月がポッカリと浮かんでいた。

当日の満月 1974年11月29日21時34分 8センチ屈折望遠鏡にて撮影


 22時28分、月の東側が少し暗くなって食が始まる。「ミロ!ミロ!始まったド」「ああ」、G氏は意外と冷静である。私も冷静なふりをして望遠鏡でのぞいてみる。食の進行は意外にはやく、みるみるうちに半分欠けてしまった。この頃になると、今まで月明かりのために見えなかった星星が見えはじめ、月がおうし座のヒアデス星団とプレアデス星団の間にあったことに気がつく。23時35分、月が真っ赤になる。G氏は自慢のニコン双眼鏡で、さかんに皆既中の月を見ている。「双眼鏡で見る月が一番きれいダワ」。ドームの外に出て空を見ると、たくさんの星星の間に浮かぶ赤銅色の月は実に印象的であった。

 1時間17分という長い皆既時間が終わり、月は次第に明るさを取り戻していく。時計は25時を回り、連日の寝不足のせいか、月が非常にまぶしく感じられた。


24時03分 30秒露出



「ミニマガジン水戸」に20代前半(1976年頃)に連載していた星に関するエッセイ「星雑記−その6−」です。原文のまま。)