一般投影



  プラネタリウムの投影において「一般投影」という言葉の定義が明確にできているわけではありませんが、各館で行われている一般投影の傾向から共通項でくくってみると、一般投影とは、不特定多数の観客を相手に、特定のテーマを決めて行う投影をいいます。この言葉は昔からありましたが、おそらく渋谷の天文博物館五島プラネタリウムなどで毎月「今月の話題」と題して行っていた投影の名称の流れを継承しているものと思われます。現在の投影スタイルの傾向として、一般投影の場合は、投影の前半部に解説者による星空の生解説を行い、後半部でオート番組を流す方式、あるいはその逆に、前半部をオート番組、後半部を星空の生解説で行うスタイルが多いようです。館によっては、すべてを生解説で行う例もありますが、この場合でも、すべてが星空の解説ではなく、前半部、後半部のどちらかにそのときのテーマで解説を行うことがほとんどです。

  プラネタリウムのハードウエアがマニュアル中心であった時代には、このテーマ解説の部分は、ほとんどの場合、スライドプロジェクター1台程度を使用して、そのテーマに沿ったスライドを解説者の話の内容に沿ってコマを進めてくものでした。時折、補助投影機と呼ばれる流星投影機、太陽系投影機(太陽系の惑星の公転運動を見せるための専用の投影機)、雲投影機などが使用されました。ハードウエアの進歩に伴い、また機器が自動化されるようになるのに伴い、スライドプロジェクター、補助投影機の台数が増えると、演出が複雑となりました。テーマ解説の部分は、事前にシナリオなどに沿って映像の演出が複雑でダイナミックになり、またその解説は事前にスタジオにおいてナレーターがナレーションを行ったものにBGMをつけて流されるようになりました。これがオート番組と呼ばれるものです。

  現在、このオート番組の部分は、全天CGシステムにより、ドーム全体を覆い尽くす映像へと進化しつつあります。この投影における解説者の役割は、オート番組を流しつつ、前半部か、後半部のどちらかにおいて星空の生解説を行うことにあります。

 

解説のレベルをどこにおくか
  不特定多数の観客が入ってくる一般投影においては、解説のレベルをどこにおくかは、重要なポイントです。プラネタリウム解説者の中には、星に詳しい方が多く、そのような知識を持った方がプラネタリウムの解説者になると、観客も自分と同じ程度に、星の知識があるものとして話を進めがちです。そのような解説においては、自分で気がつかないうちに専門用語と呼ばれる言葉をたくさん使っている例が多いようです。

  一度、自分の専門外の分野で講演を聞いたり、解説書を読む場面を想像してみてください。実は、意外にも自分の専門外知識が小学校の4年生から6年生程度のレベルであることに気がつく方が多いのではないでしょうか。たとえば、ソメイヨシノという桜は、葉が出る前に花が開き、やがて満開になります。知っていましたか。花が先か、葉が先か、この問題は以前は確か、小学校4年生(だったと思います。)の教科書に載っていました。私は、最初これを知りませんでした。つまり、植物に関する私の知識は、小学校4年生以下ということになります。これは極端な例かもしれませんが、自分が興味があること以外の知識というのは、思っているほど持っていないということになるのです。(もちろんすべての人がそうであるというわけではありませ。)

  すなわち、一般投影においても、解説のレベルは小学校高学年が理解できる程度にあわせ、あとは、その時々の観客の様子で、この回は大人が圧倒的に多いとすれば、多少大人向きに。あるいは、小学校低学年が多ければ、多少やさしく。カップルが多い場合は、多少大人向きにしつつも、情感を込めて。など、基本のパターンを用意しておいて、それにバリエーションをつけていく方法で解説を行います。

  そのバリエーションのパターンの引き出しをたくさん持つことが、ベテランの解説者になっていくためのステップであると考えればよいでしょう。

  ただし、解説のレベルをどこにおくかに関しては、例外があるように思います。それはたとえば、しし座流星群など、世間が注目する天文現象があるときです。特定の天文現象がある場合は、多くの人が注目します。そのような場合は、すでにその現象そのものの予備知識を持ってきている場合が多いのです。このような場合は、観客の要求を満たせるように、多少レベルの高い解説を行うことにより、観客は満足感を得られることでしょう。

  解説者として初心者の頃に、たとえば、他館のベテランの解説者の解説を聞きに行くと、割と簡単に解説をしているように見え、このような易しい解説なら自分でもできると錯覚しがちです。しかし、よく考えてください。私たち解説者が相手にしているのは、天文の知識を豊富に持つ方々ではなく(そのような場合ももちろんありますが・・・)、星を楽しみに来る一般の方々です。知らなくて当然です。私たちの使命は、そのような方々に、天文の話をできるだけわかりやすく、しかも楽しく、あるときは情感たっぷりに、またあるときは、ユーモアたっぷりのジョークを交えて語りかけることにあるのです。難しい解説をすることと、高度な解説をすることとは意味が異なります。



ポインターの使い方
  少し大げさかもしれませんが、プラネタリウムの解説者にとってポインターは命です。これがないと、どんなに上手に解説ができたとしても、その効果は半減します。ポインターの存在は、そのくらい重要なものです。本来、実際の星空にはポインターはありません。したがって、解説の中でポインターを多用するのはよくないと私は考えています。実際の星空で、星に関する知識のない方々に星の見つけ方などを説明したことはありますか?実際にやってみるとわかりますが、これは想像以上に困難なものです。そのため、プラネタリウムの解説者はよく懐中電灯の強力なタイプを用いて、光源から出る光の筋を利用します。ポインターは観客の目線を、説明している星に正確に導くための大切なツールなのです。

  初めてポインターを握ってみると、ドームスクリーン上にポインターから投影された矢印がぶるぶる震えることがわかるでしょう。基本的にはポインターは両手で握って支えたほうが安定します。しかも、脇を締めて握るようにすればさらに安定します。ポインターを指す基本は、観客がわかりやすいように、目立つ場所にまず矢印をおいて、そこから目的の星に向かってゆっくりと指すようにし、目的の星でぴたりととめるように指すことが基本です。このため、解説者によっては、ポインターをまず天頂付近において、そこからゆっくりと目的の星に向かって観客を導くようにする指し方をします。ポインターの指し方に関しては、これが正しいという方法があるわけではありません。したがって解説者により指し方に個性が出ます。

  私の場合は、今説明したようなポインターの指し方をしません。なぜなら、このような指し方の場合は、観客は解説者の示す矢印に導かれるように、星にたどり着きます。これはある面で親切ですが、よく考えてみてください。本来、観客がプラネタリウムを見に来る目的のひとつには、実際の星空において自分で星座を見つけられるようになりたいという気持ちがあるはずです。私はこの点を常に配慮した解説を心がけています。したがって解説の中で、たとえば、今晩9時頃、南から少し西に傾いたあたりの空に、4つの明るい星が〜 といったように、言葉で観客の目線を目的の近くに導いておきます。そして、ほぼ全員の観客の目線がそちらを向いたと判断できたあたりを見計らって、すかさず、その星の近くにポンと矢印を置くのです。ポインターの動きは最小限です。初心者のうちは、そこからゆっくりと星を結んで星座の形を説明します。しかし、ある程度のキャリアを積んでくると、個性が出てきます。私の場合は、このような場合でも言葉のリズムに合わせるような形で、ポン、ポン、ポンとリズミカルに指しながら、なおかつ、重要な星のところでは、ぴたっと静止するような、そしてその静止している時間も、解説の間の取り方(後ほど説明します。)と同じように、適度な間を取りながらというスタイルです。

 初心者のうちは、なるべくゆっくりとぶれないように心がけ、慣れてきたら、基本を忠実に守りながらも、自分なりのスタイルを確立すると良いでしょう。

  ポインターは、星を指す場合のほかにも使用する場面があります。それは、天文の話題などを解説する場合です。この場合でも、ポインターを多用することは、あまりお勧めできません。最近はプレゼンテーション用のソフトを使用して、ビデオプロジェクターで投影することがほとんどです。このような場合は、自らコンテンツを用意することが多いはずですから、あらかじめ説明のポイントになるような場面には、コンテンツの中で映像を工夫し、そこに観客の目線を集めるようにしたほうがスマートではないでしょうか。

 ポインターを移動するスピードが速いと、観客の目線がついていけないことがありますので、注意が必要です。



マイクの使い方
  ここで述べるマイクの使い方とは、プラネタリウムの解説という視点から見た、マイクの使い方です。プラネタリウム館の状況により、さまざまなマイクが使用されます。ある館では、スタジオにおいてナレーターが使用するような形状のマイクであったり、またある館ではワイアレスマイクであったり、ある館ではヘッドセット式のマイクであったりします。

  大切なことは、どのような種類のマイクであっても、自分の本来の声が忠実に再現できるものであることです。これは、マイクだけではなく、スピーカーから自分の声が出力されるまでに通過するさまざまなハードウエアが絡んできます。それらをすべて含めて、自分の声が忠実に再現されることが必要です。低音が強調されていたり、あるいは高音がキンキンと甲高い音質であったりすると、話をするほうも聞いているほうも疲れます。その状態で長い間解説すると、解説するほうもいやになってしまうでしょう。気分よく解説できるハードウエア環境であることが必要です。

  プラネタリウム館においては、何人かの解説員がいるのが普通ですが、できる限り音質は統一しておきます。イコライザー等で調整する場合は、できるだけ、そこに働くすべての解説者が、そのつど調整しなくても済むように妥協点を見つけ、固定することが大切です。この場合でも、それは観客にとっても魅力的な音質でなくてはなりません。できれば、プラネタリウム館がオープンするときやハードウエアを更新するときには、音響の専門家(特にソフトウエアの専門家)に音質等を調整してもらうことをお勧めします。

  なお、解説時は、ドームスクリーンのどのような場所を向いて解説する場合でもマイクとの距離が常に一定になるように配慮しましょう。これは特に、北の空(傾斜型ドームの場合、解説者の後ろ側、フラットドームの場合は真後ろから少しシフトしている場合が多い。)を解説する場合に注意が必要です。

  人間の声は非常にデリケートです。毎日解説をしているとわかりますが、マイクを通して声を出した瞬間に体の調子がわかります。最も調子が良いときは、声につやがあり、また伸びがあります。しかし、調子が悪いときは声がざらついており、また伸びもありません。本来は常に同じ声の質で解説ができれば理想的ですがなかなかそうはいきません。このため、健康には常に注意が必要ですが、たとえば春先の花粉が飛ぶ季節、風邪がはやっている季節などは、人の出入りが多い施設であるだけに解説者は気をつけていても影響を受けやすいものです。しかし、そのような悪条件のときにも、最低限、観客が料金を払っても十分満足できる解説であってほしいものです。ただし、あまりに症状がひどい場合は、他の解説者に代わってもらうことも必要でしょう。多くの観客はそのとき1回限りの観客であると考えて解説をすべきです。


音量について
  解説者の声をマイクに通したときの音量に関して、どのくらいの大きさが適切かを判断するのは、難しい問題です。スピーカーの設置された位置から、観客までの距離、ドームの大きさや、水平ドームか傾斜型ドームかの違い、座席の数とその材質、床の形状、そのときの観客数、温度、湿度などさまざまな要因が関係しているからです。どのくらいの音量が適切かは、各現場で、前述した専門家に確認してもらうことが理想的でしょう。しかし、必ずしも専門家に依頼できるケースばかりとは限りません。そのような場合は、その館の解説者全員で、ひとりの解説者がマイクを通して話しをしている状態で、他の解説者がドーム内の中央部や、左サイド、右サイド、後部座席など、さまざまな場所で音量をモニターします。こうして、適切な音量を見つけ出すしかありません。解説をしている本人は、毎回解説台において、スピーカーから帰ってくる自分の声をモニターしながら解説しますので、自分の音量は把握できます。しかし、それが必ずしも観客にとって適切な音量であるかというと、そうでもありません。特に傾斜型の場合は、観客の座る場所によって、音量の差が異なる傾向にあります。それをチェックする意味でも、前述したようなプロセスで適切な音量を見つけ出すのは、大切なことです。

  こうして、適切な音量を見つけ出したとしても、実は解説者の声量などにより個人差が生じます。したがって現実的には、ミキサーのフェーダーのある音量を基準として、個々の解説者が、そのときの自分の声の調子、温度、湿度、観客の数などに応じて、マイクから戻ってくる自分の声を確認しながらミキサーのフェーダーを解説のたびに調整することが重要です。なお、この作業は、場内案内などで第一声を発したとき、スピーカーから戻ってくる音量を、自らの感覚で、すかさず調整することが重要です。そこで決めてしまったら、微調整はよしとしても、大きな調整は避けるべきです。場内案内などで、説明の最初の「間」を取るときに、すかさずこの作業を行うようにしましょう。

  観客の側からすれば、音量の大きすぎる解説も、逆に小さすぎる解説もいらいらするだけで、プラネタリウムの持つ独特の良い雰囲気をぶち壊しにしてしまいます。適切な音量で心地よく聞いてもらえる解説を行うためにも、解説のはじめに、音量の調節には、常に気を使うようにしましょう。


解説のスピード
  プラネタリウムにおける解説のスピードはとても重要です。テレビのアナウサーが読むニュース原稿は、個人的な印象として、昔に比べると若干早くなったような気がします。また、ニュースにおけるキャスターと呼ばれる人の中にも早口でしゃべる傾向にある人がいるように感じます。しかし、それらは番組の性質上と現代社会において時間の流れる感覚から判断して、逆に小気味良かったりします。しかし、プラネタリウムの解説において早口で解説を行うことは致命的です。プラネタリムの空間がかもし出す独特のゆったり感を台無しにしてしまいます。だからといってゆったり解説すればよいというものでもありません。聞いていて心地よいスピードというものがあります。そして、特に大切なのが話と話の間にある「間」と呼ばれる無音の状態です。これをきちんととりながら解説を行うことにより、プラネタリウムの解説は、独特の落ち着いたムードをかもし出すことができるでしょう。この「間」が上手に取れない場合は、途中で息継ぎを行うときに、マイクから少し顔をはずすようにして、おなかに空気を瞬間的に大きく補給するようにすれば、適切な間を同時に取ることにつながります。

  しかし、解説をしている間、常に一定のスピードで話しているのも問題です。解説が単調になり、観客は睡魔に襲われることでしょう。話の内容に応じて、強調したいところはゆっくりと話し、別の場面では多少早口で、など、解説の内容に応じて、微妙な変化をつけることが大切です。また、「間」も常に同じ時間を確保するのではなく、あるときは、多少長く、あるときはやや短くなど、こちらも変化をつけて話のリズムを作り出し、メリハリのきいた、それでいてある時はしっとりと、またあるときは、楽しくといった、観客とのやり取りも含めて、変化をつけていくことが大切です。

  プラネタリウムの解説において、最も重要な場面は、太陽が沈んで夕焼けとなり、やがて星が出てくる場面です。ここでは、BGMとあわせて、間の取 り方や解説が早口にならないように特に注意しましょう。